Fのブログ

知らなくても良いことの一つ

Easy Come, Easy Go!

おそようございます。

 

体育や実験がある月火が過ぎるとなんとなく疲れが襲ってきて、不調になるような傾向がある気がします。

 

 

突然ですが、私は嫌味が本当にキライです。

 

まあ好きな人はいないでしょうが、言うことにためらいが無い人はいると思います。

 

結局嫌味というのは自分の主張に感情的な面を多く含ませたコミュニケーションのことだと考えますが、この上なく非効率的であり、それどころかマイナス点がプラスを打ち消すほどに無意味だと思っています。

 

嫌味を言った本人もストレスが(一旦減るものの)完全に解消されるわけではなく、聞いた側はいらいらする、そんなことは無駄なので嫌いです。

 

 

例によって今日も人が嫌味を言う現場にいたのですが、そのなかで嫌味を言うことをある程度肯定ししょうがないと捉えているような発言がありました。何のメリットがあるのか考えてもらいたいです。

 

そして、どっちかというと嫌味(というか不満)を言わないのもどうかみたいなスタンスでいたことが許容し難かったです。

 

私は不満とかを我慢しているわけではなく、そもそも人前で言いたいとも思いません。せいぜいこうやってブログとかに適当に発散するくらいです。

 

なんか、そっちも不満を言ってくれた方が助かるみたいな言い方をされている気分で不快でした。

 

本当に気楽な過ごし方とは、不満を言い合うことではなく、各々が不満を人に言おうとさえ思わないように物事を考えることだと思うのですが、どうなんでしょうね。

 

 

 

全人類の脳を、ポジティブな行動をすることが最善だと常に判断するように改造したいものです。

 

今日はこの辺で。

 

Easy Come, Easy Go!

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 ↑よく桜のカワチで流れている気がします

兵、走る

おそようございます。

 

愚痴りたいことがあったため二本立てです。

 

突然ですが、私は親との関係があまりよくないです。

 

そんなことを言っているといつまで反抗期をやっているのかというツッコミをうけそうですが、このような考えを持ったのが凡そ小五のころだったので、寧ろ一般の反抗期よりも早く始まっていると思います。また、感謝はしています。ただ信頼できないということですね。

 

主な理由としては思考のアップデートをしないという点があるからです。良く言えば頑固というわけですが、全くもって誰も得しないことを手放さないのですから、良いことであるとは思えません。

 

最近、よりそれを感じるようになっています。というのも、「うつって移るのかな」とか「私じゃ相談しても感情的になるからダメなんでしょ」とか「もうちょっと努力が必要だと思う」とか「友達関係が主な要因だと思うけどな」とか、抑うつ状態の人にかける言葉なのか正気を失いかけました(そもそも抑うつ状態じゃなくてもこんなこと人に言わないと思うが)。

 

それも嫌味をあまり感じさせずに言うので本当にストレスです。多少なりとも抑うつについて調べていると勝手に思っているのですが、それを疑わざるを得ません。

 

なんとなく小さいころから、どっちが子供なのかわからないと本気で思っていました。まあ今は撤回していますが(中二病故の考えだったかと)。それでも、自分が出会ってきた人々は皆私の親よりはまともな人だったので、その考えを増幅させていったのだと考えられます。

 

個人的には、保護者となるにもある程度の能力が必要となると考えています。かといって資格制にしたら不幸な存在が生まれるだけなので、難しいと思います。そもそもペーパーテストで測れるものでもないでしょうし、本当に難しい問題でしょう。

 

 

そもそも自分自身でも大失敗をしてきて、完璧な存在はいないという結論に至っています。だからこそ、いつになっても情報を探り、知識を得て、何が良いか考え行動することが求められると思います。同じ失敗を何度繰り返しても(個人としては)良いと思います。やり方が間違ってるのだと考えられるので。

 

何も改善しようとしないのはやはり許容し難いです。素振りを見せるだけでもうれしいのですが。

 

ただし、人のせいにしても問題は解決しないので、こうやって批判することのみで自分を肯定しないように気負付けたい所存です。

 

それでも、やはり愚痴は吐きたいものです。多分後で見返して不快になるのでそのときには削除しようかな。

 

愚痴でした。

 

 

兵、走る

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BAD COMMUNICATION

おそようございます。

 

あたりまえのことかもしれませんが、身体的な調子が悪いとメンタルにも影響しますね。

 

最近暑いことがストレスとなって調子が悪くなっていた可能性はあります。といえどもそんな程度のことで調子を崩していたらこの先持たないので、容易に受け入れることはできません。まあ要するに何も変わっていないということです。

 

突然ですが、私は心理学が好きです。何なら工学より好きですね。

 

(間違ってたらニワカさらすことになるけど、)行動を結果と捉え、人間の本来の意思に踏み込むというスタイルが好きです。

 

自分は唯物論者なので、人間の思考や行動は何かしらの決定要因があり、それに従って出力されるものだと思っています。すなわち自由意志など無いと考えています。自由意志が無いということを認めると、社会的な責任の追求先などが揺らいでしまうことから自由意志が無いことを前面的に認めることはあまり好まれないのだと思っていますが。

 

もしも全ての決定要因が測定可能になったら、心理学は消滅し、神経科学だけが残るんですかね?それはそれで楽しみだなあ。

 

ちょっと話が逸れますが、責任という概念についても好きではないとご意見を出しておきます。"責任感"は良いと思いますが"責任"は好きではないです。なぜなら、個人の思考や行動は様々な存在の影響を受けて構成されているという考えを踏まえ、ある一定の範囲に責任を求める際の境界が不適当であるからこそ、不平不満が出現するのでは?と思うからです。責任の追求とかそこまで重要じゃないしどうでもいい(というか不可能である)から、どうやったらこの先良くなるかだけ考えて生きていこう!的なノリでいたいんですがだめですかね。だめかなあ。

 

さて、自由意志を否定することで、「どうしてこの人はこのような行動をするのだろう」と考える際に、少し気がラクになります。

 

というのも、世の中にはちくちく言葉がありふれています。身近にもいますし、生配信のコメント欄にもいます。

 

口調と内容は別のことで、同じ情報のコミュニケーションであってもなんでわざわざ強い物言いをするのだろう、ということに対する答えは、強い物言いによって自分の存在を肯定したいのでは?ということだと思います。

 

すなわち、結局は他人ではなく自分のためなんだなと考えれば、そのような物言いをする人を余裕を持って過ごせる気がします。

 

まあそれでも人間ストレスがたまれば口調は強くなるし、暴発すれば他人を深く傷つけるようなこともするものであるという事実もある程度認めています(もちろん自分もそういう経験が沢山あります)。

 

だからこそ他人に悪影響をもたらすようなことをしてしまったら、反省して撤回し、次に活かすことが最善であり、他に何もいらないのでは?と思います。それが良いコミュニケーションなのでは?とも考えています。

 

このような考えを持ったのは高校三年のときあたりです(実行し始めたのはもっと後かもしれません)。なのでそれまでは本当に本能のままにやっていたと反省しています。他人を傷つけたことに対して、それをしてしまったことよりその後すぐに謝れなかったことの方が後悔として残るのはあるあるですかね。

 

今日はこのへんで。

 

BAD COMMUNICATION

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孤独のRunaway

おそようございます。

 

なんとなく昨日今日と調子が悪かったです。多分マシになるまでは良くなって悪くなっての繰り返しのような気がします。

 

 

近々心理検査をすることにしました。単純に面白そうでもありますが、ショッキング?な結果になる可能性もあるので複雑ですね。

 

今現在の問題点は人間不信気味であることです。

 

というか昔からそうだったのですが、とうとうどうにもならなくなってきた感があります(専門的に診てもらう必要がありそうという意味で)。

 

そもそもどうにかなっていたのは周囲の優しさのおかげだったと思っています。今思い返すと本当に冷たい人間だったと反省しております。

 

ほかにも人間不信が高じて他人に(シャレにならない)迷惑をかけたこともあります。というかその事実との折り合いが着いていないことが悩みの種だったりします。

 

 

手遅れにならないようにするために治さなければならないと思っています。心理検査がそのための一歩となるといいのですが……。

 

ただし、人間不信気味ということはわりとその時点で手遅れに近いような気がしないでもないです。厨二くらいで精神分析とかする機会があればどうにかなったのかなあ。いつから手遅れになりかけたのでしょうね。

 

 

今日の内容はネガティブ成分もりもりでした。不幸は伝染するともいいますし、そんなことはここに書きなぐるだけで普段の生活では表に出さずに、ウキウキで過ごしたい所存です。

 

そのうち内容が説教臭くなるような予感がしています……。チラシの裏よりもクソッタレなブログになりそうですね。

 

 

今日はこのへんで。

孤独のRunaway

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さよならを教えて

おそようございます。

散々気持ち悪いポエムを投稿してきましたが、今回はその中でもトップに位置するほどに気持ち悪い内容だと思います。

そこそこ有名なゲームに、「さよならを教えて 〜comment te dire adieu〜」というゲームがあります。今日ようつべのおすすめに突然その解説動画が出てきて、いろいろと思うところがあったのでこれを書いています。プレイしたのはおおよそ一年前ですが、その時はそこまで深く考えた内容はありませんでした。

ちなみに18禁であり、所謂エ〇ゲーというカテゴリに含まれるのですが、せいぜい小説の濡れ場?程度の18禁要素しかありません。〇ロゲーであっても〇きゲーではないといったところでしょうか。

ざっと内容について触れます。一応ネタバレ回避として改行を適当に挟んでおきますが別に内容を知っていても楽しめるか(楽しむものかはわからないけど)と思います。自分も、有名さ故に根幹部分を知った上でプレイしていました。













































基本的に主人公の視点で話が展開して行き、その都度誰に話しかけるかによって経由するストーリーが変わる感じです(多分)。

舞台は学校で、主人公は教育実習をしているという"設定"です。というのも、主人公は妄想型の統合失調症を発症しており、本当は患者として病院に入院している身です。また、話しかけるといっても話しかけている対象は人ではないのですが、主人公は人に話しかけていると思い込んでいます。我々プレイヤーは主人公の視点、すなわち妄想かもしれない視点で物語を進めていくことになります。

最終的に主人公が違う妄想に入り込むか、暴れて保護されるかという結末になったと記憶しています。

軽い内容説明はそんな感じです。

これの面白いところは、少なくとも話しかけている対象(というか登場人物)の多くが主人公の妄想の産物である、すなわち主人公によって生み出されたものであるということです。

しかしながら物語をみていくと分かるのですが、その自分で生み出した妄想によって心を傷つけられていることがあるのです。大抵妄想といったら自分にとって気分の良いものであることが前提のようですが、彼は違うようです。

これより考えられることが、彼は自ら不幸を求める思考をとっているということです。要するに、不幸でいたい(あるいは不幸でないといられない)と思っているのでしょう。

しかしその不幸が苦痛ではあるので、それによってまた苦しみ、現実から逃げ妄想に入るというデッドロック状態にあります。そんなわけで簡単には彼の症状は一筋縄では回復しないということとなってしまっています。デッドロックを解くにはロールバックが挙げられますが、精神状態のロールバックはできそうにもないですね。少なくとも作中では回復のきっかけを掴めずにゲームは終わります(回復のきっかけ自体はあるようなのですが、主人公は結局手放してしまいます)。




今回メンタル不調になってから、なんとなく自分にもそのような面があると自覚しました。

結局不幸でいると同情されるような錯覚に陥るのが原因だと思います。不幸なバックグラウンドでもないと存在を許容できないんですよね。


この考えはいまだに解けていないです。某語シリーズを知っているならばこのことをご存知かもしれませんが、結局それでは何もしていないのと同じなんですよね。なのでどうにか改善したいと思っているのですが、どうにも難しいです。かといって今現在思い詰めているわけではないのでそこまで問題ないです(一応)。



なお、さよならを教えての主人公が統合失調症になった直接的な原因は大学受験に失敗したことのはずですが、大学受験に失敗したから統合失調症になるかと言えばそうではないですよね。となれば他に原因があるはずです。

解説動画では異常に低い自己肯定感が原因ではないかということでした。

精神病の大元って何でもかんでも自己肯定感ですよね。自己肯定感を正確に計測することはできませんから、人によって価値観が違うことさえ実感できません。そのため精神病は他人から理解されにくいのであり、その事実こそがさらに精神に悪影響を及ぼすのだと思います。

精神(もとい脳)の状態をある程度の精確さをもって計測できるようになれば、精神病の理解は多少は深まるのかもしれませんね。それに伴って治療法も見つかるといいですね。




そんなわけでエ〇ゲーレビューに近い、過去一気持ち悪いポエムでした。「さよならを教えて」はプレイしていてナチュラルに不快に感じる人がいると思います(なんなら自分も今は絶対にやりたくないと思っています)。おすすめはしません。

唯一おすすめできる点があるとすれば良いBGMがあるということですかね。「疑問符と共に」というBGMはとても良いです。なお、youtubeに勝手にアップされているのでわざわざゲームをやる必要はありません。

今日はこのへんで。

〇〇から逃げるな

おそようございます。

 

体調は安定しています。精神も安定していますがこのままだと引きこもりになりそうです。なにせ外出する気に慣れないので。これを安定といっていいのかといえば微妙ですね。

 

これを書き始めたときに書きたくなったら書くと決めたことをなんとなく思い出し、適当に書いています。ダジャレもなにもありませんがそれでいいと思ってます。

 

最近OWにハマっています。こうしているとリリース時にやっていたかったなあと感じます。当時の自分はいろいろあってPS4を買おうとも思わなかったのですが。

 

今はOWから逃げるなというよりはOW以外から逃げるなといった状態ですね。OWをずっとやっていたい気分です。

 

「○○から逃げるな」の元ネタってなんなんでしょうか。自分はずっとゴッドイーターだと思っていたんですがそれよりも前から使われていたのですかね。

 

ゴッドイーターはいろいろ賛否両論ですが、個人的には意外とためになるセリフがあったりと、いいゲームだと思います。まあ2と2RBしかやってないけど。

 

防衛班のお金の話はとてもいい話ですよね。

 

 

今日はこのへんで。